


カー・オブ・ザ・イヤー
先日、徳大寺有恒氏が亡くなられたのは皆さんもご存じの通りです。
本日、コンビニに行ったところ、ベストカー12/26号が出ていて、やはりというか徳大寺有恒さんの追悼特集をやっていました。
彼が残した実績は、自動車記事について提灯記事ばかりを書くのではなく、自分で試乗して感じたことを時にはべた褒め、時には辛口で切り捨てるといった斬新且つユニークなもので、初めての「間違いだらけの自動車選び」(1976年初出版)のころにはそういったスタイルは考えられない自動車評論だったそうです。
また、初めて一般大衆向けに評論を書いたとも紹介されていました。
当時の彼に対するバッシングは凄い物だったと同時に、支持者もつかんで行ったようです。
そして、最後の「俺と疾れ!!」の連載もやっておりました。
コラムとQ&Aが淡々となされている掲載を見て、彼の急死というものを改めて感じてしまいました。
私は熱烈な徳大寺有恒氏のファンではありませんが、この号は特別なものとして永久保存としておきたいと思います。
徳大寺有恒氏のご冥福をあらためてお祈りいたします。
書込番号:18207732
2点

>初めての「間違いだらけの自動車選び」(1976年初出版)のころにはそういったスタイルは考えられない自動車評論だったそうです。
出版社のサイトから無料で読めますね。↓
http://www.soshisha.com/book_wadai/42car/
メーカーに媚びていない文は読んでいて痛快でした!
書込番号:18207894
2点

Dragosteaさん、こんばんは。
>初めての「間違いだらけの自動車選び」(1976年初出版)のころにはそういったスタイルは
考えられない自動車評論だったそうです。
それが理由でそれまでの本名である杉江博愛から、ペンネームの徳大寺有恒で出版したそうです。
ただし、文体からすぐに徳大寺有恒=杉江博愛では?という噂が広まり
自分が徳大寺有恒だとの記者会見を開いたそうです。
そのころは30代後半で一介の評論家にすぎなかったのですから、随分勇気がいったと思います。
自分が経営していた自動車用品会社が倒産して、タクシードライバーや評論を書いて
借金を返しながら細々と暮らしていたので、一か八かの賭けだったのでしょう。
徳大寺有恒氏が登場しなかったら、日本の自動車ジャーナリズムはどうなっていたんでしょうかね?
書込番号:18210809
1点


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