デジタルカメラ > リコー > GR DIGITAL III
GR1、GR1s、GR1v…GR21 と、銀塩で築いたブランドでありつづける為に
デジタルにおいても、モデルライフをロングレンジで、尚且つ
verUPでのファームアップで最適な状態での撮影サポートを
提供しつつ、今回のVでGRは(一旦)終わってしまうのが
美しいかと思います。
更に言うなれば、数を追わないで欲しい。
正直GRD2は安く買える時期が長すぎた。言い換えるなら、
『GRって3万ちょっとでしょ?』っていう
GRのもつポテンシャルも知らない人が口にして、本当にGRの価値を
知ってる人が閉口してしまう様な時期が長すぎた。
価値なんて人それぞれですからデザインだけで買われた人も
そこに価値があればいい訳ですが、GRのステイタスを維持し続ける
なら、分かる人にだけ買ってもらえればいいくらいな姿勢でいて欲しいです。
企業だから、そこに利益がなければいけないのは分かっていますが、
大手家電メーカーには出来ない姿勢が、大きな強みになりブランドを
守り続けるのではないかと思います。
書込番号:9944653
6点
考え過ぎでは?
GRDVの大きさ、画質、操作性の良さが気に入れば
迷わず買ってガンガン使えば良いだけの話かと。
ウダウダ言ってる間に、写真を一枚でも多く撮った方が良いんじゃないかと^^
書込番号:9944689
18点
たかがカメラのブランドにロマンを持ち、それをメーカーに強要する。
はっきり言って、うらやましいです
書込番号:9944957
10点
IIIはまれに見る傑作だと思うし、可能な限り
ロングランでいて欲しいと思います。ただ、
GRをそれで終わらせるべきとなると「ちょっとまて。」と言いたくなる。
書込番号:9945171
4点
こんばんは。
sx70さんのご意見に諸手を挙げることはできませんが、一票です。
本来なら量より質のGRシリーズ、思いのあるユーザーからすれば、3万円台で売れる筈のない中身であって欲しいもの。
3代目でそれを実現できていれば良いのですが…。
書込番号:9945191
1点
GRブランドを買ってる人はスレ主さんみたいなロマンを求めるのかも知れませんね。
私は写真を撮る道具として見てるのでブランドの美しい退き方とか価格が落ちる事は気になりません。
何よりフィルムのGRを知らない世代なのもあるのかも知れませんが。
書込番号:9945279
3点
皆さんレスありがとうございます。
正直こんな反響あるとは・・・
ぎむ2000さんのおっしゃる、『たかがカメラのブランドにロマンを持ち』
にはショックを受けましたが、現実を受け入れようとも思いました。
今、そんな時代なんですね。
話ズレますけど、E-P1が売れてる要因もPENだからではなく、あーいう
ちょっと小さめノーファインダーのレンズ交換だから?
(ブランドロマン?より、素直にあの仕様が支持されている?)
PENに関しては後者かな?と冷静に考えますが、GRは銀塩モデルの愛着から
ちょっと思いを書いてしまったかも知れません。
書込番号:9945505
2点
1年サイクル、長くても2年サイクルで出てくる消費財にあまり思い込みを待たない方が良いじゃない?
ロマンのもって行き方が違う。
あんなにバカバカ出されて愛着も何もないでしょう。あげくに新機種出るたびにMMC版まで含めご丁寧に買う奴までいて(コレ、オリの話ね)、まー何とも開いた口が塞がらないというか。
GRの価格は3万ちょっとで良いでしょう。適正!所詮コンデジ。安く便利に使えてきれいに撮れれば良いじゃない。
Pen?あれも4万ちょっとで良いね。一年後にまた変わるし。
書込番号:9946665
4点
GRD3、予約しましたが、やはり「一生モン」にはなり得ないと思います。たとえGRD4が出ずこれで打ち止めになるとしても、GRは他の機種よりも愛着がわきやすいとは思いますが、10年20年ずっと使い続けることは無いだろうと思います。デジカメである限り、リリースし続けなければいずれ忘れ去られてしまうでしょう。
「いつでもシャッターが切れて、よく写る道具」としてドライに付き合えればいいかなぁ。家電製品でありながら銀塩への憧憬をそこはかとなく感じさせるこのアンビバレントな雰囲気が維持されれば僕としては十分です。
書込番号:9947023
1点
横からこんにちは
初代GR1をはじめ、いまだフィルムから抜けられないヘボオヤジの戯れ言です。
光の変化をフィルムに映し出す、というプロセスを経ない、デジタル情報保存装置である、今の「デジタル保存装置」は、ヘボオヤジの偏見からは、それは「カメラ」という呼称ではありません。
そこに「カメラ」の影を残そうという意図が見えれば見えるほど、カタチにせよ、シャッター音? にせよですが、その努力が見えれば見えるほど、ある意味寂しくなってしまうのです。
あえて言うなら、メーカーのみならず、世の中が、「カメラ」を過去に葬った、と思っています。にもかかわらず、形骸だけで雰囲気を残すことで付加価値をつけようとすることには、個人的には納得しかねる、というのが偽らざる気持ちであります。
書込番号:9947911
1点
なるほど・・・
私も基本フィルムなので、同感する部分あります。
デジカメ・・・あくまでデータの集積ですもんね…
こんなこと書いてると、違う場所で遊べ!と叱られそうです。
すみません。
過去のーとか、ステイタスとか、置いといて普通のコンデジ
よか画作る楽しみがあり、画質も素直なほうなので
普通に愛着わきます。どなたでしたっけ?
E-P1のMTF見てびっくりしました。
またまた醒めました。。。
書込番号:9948979
0点
mukioo59さん。
心情的に、全く同感です。
ガソリン車が電気自動車になるのも、回転寿司が鮨屋を駆逐するのも、
テレビが映画を、あるいはソロバンがエクセルに、
はたまたチューインガムに砂糖が入らなくなったのも、
蕎麦屋からダシの匂いが消えたのも、全て時代の要請とはいえ、
なんだかなあ、というのが我々オヤジの切なさでしょう。
しかし考えてみると、写真も実は絵画の支配した時代を、
特に写実的な肖像画家や風景画家を、駆逐したんじゃないか。
写真の事をピクチャーというのが、その名残でしょう。
写真と絵画は全く違うと言ったところで、もう肖像画の世界には、
戻れない。残念ながらそういうものです。
まことにクヤしいですが銀塩の時代は終わっていると、
少し早いが、私は潔く考えることにしました。
もっともそんな私は、GRD2を使って初めて銀塩の魅力を、
知ったといっても過言ではない。
あべこべのようですが、そんなオヤジや、
若者もきっといるに違いないと思います。
でも愛着ということならもう彼等はデジタルでしょうね。
仰るとおり、デジカメはカメラではありません。
他でも書きましたが、これは新しい「撮影機械」です。
したがって私も、mukioo59さんと同じく、デジカメは、
それこそ潔くカメラをなぞるのは止めるべきと考えます。
ピクチャーがフォトグラフになったように、メーカーには、
全く新しい「撮影機としての製品」の開発を望みます。
現在のデジ一は、反感も承知ではっきり言って、
それをカメラというのなら、インチキな代物です。
できあがったものも「写真みたいなもの」であって写真じゃない。
要は、CMYKで印刷されるグラフィックです。
外見ばかり真似たと、以前書いて反感を買いましたが、
そもそもこのマネがなってない。液晶パネルは言うに及ばず、
デザインが特にひどい。背面や上面のボタンなど何がなんだか、
さっぱりわからないものが、地デジリモコンのように付いている。
まるで「できもの」のようです。印刷されたアイコンも意味不明、
これじゃあアイコンになっていない。いっそのこと「フタ」とか、
「レンズ」とか書けばいい(冗談ですが)。
どのデジ一も、カメラを見せて作らせた子供の粘土細工のような、
ひん曲がったカタチ、というよりも気味の悪い得体の知れぬ、
塊(かたまり)のようなものばかりです。
手に取る気にすらなりません。
これを使わざるを得なくなった往年のカメラマンの、
胸中いかばかりかと計りかねます。
「デジタルはお手上げ」ってんで、年寄りが、若い人達に、
物分かりのいいところを見せたつもりで、パソコンで自由にやらせると、
こんな事になるんじゃないかと、思えてならない。
交換レンズという資産を生かしつつ、新しい概念の撮影機械の
誕生を待ちたいと思います。生きてるかどうかわかりませんが(笑)
書込番号:9949887
0点
うーん…。
中身が全く変化してしまっていてもレンズで被写体を写している時点でカメラなのでは?
例えそれが被写体を完全再現したものではなく、
デジタル的に生み出したものだとしても、ベースになるのは、レンズから入ってきた情報です。
例えば、液晶テレビはブラウン管を使っていないから断じてテレビではないとか、電気自動車はエンジンを積んでないから断じて自動車ではないと言うでしょうか?
書込番号:9950440
1点
>AXKA
>一番大事なのはレンズ。
そう言うなら、シャープネスをガチガチにかけず、
レンズ性能がストレートに表れた写真をお見せいただきたいものです。
書込番号:9950817
5点
形骸だけで雰囲気を残すことで付加価値をつけようとすることには
filmからデジへの移管期でしょう、この10年は。だからこういう端境期商品が多い。
G1ですこーしブレークスルーしたみたいだし。
デジの現時点でのとりあえずの回答って「RED」当たりじゃないですか。
だいたいですね、デジのくせにfilmカメラの格好するんじゃねぇ、というのが私の意見。デジは思い切ってデジに?
レンズ?ぼけ?歪曲収差?そんなのデジにはかんけーねーですね。デジタル補正でよろしいわけで。
みんなだってもうCDしか聞かないでしょう。デジタルでガンガン補正でっせ!
書込番号:9950913
1点
デジタル補正も元データが良くてなんぼ。
元が悪かったら、どんなに化粧をしても隠し切れないよ。
書込番号:9954075
4点
微光風 さん、こんにちは。
カメラ、クルマ、またテレビはそれぞれ少しずつ内容が異なるので、
私の現在の考えを、個別に説明します。
カメラは写ることにかわりはなし、
クルマは移動することに変わりはなし、
テレビは見れる事にかわりはない、
という基本的考えには私も同意します。
その通りです。
その通りですが、では何故、それを認めた上で、
異議を唱えているのか、考えたことはありますか?
ほとんど、いわゆる年寄りが唱えているからといって、
頑固な戯言(たわごと)ととらないでくださいね。
端的にいうとクルマの場合は「物との関わり方の違い」
ということになるんじゃないかと思います。
年をとるとこの「物との関わり方」に、生きている分に長じて、
密度の変化が起きる。
程度の差こそああれ、どの程度「物」に積極的に関わったのか、
あるいは、あるがままに受け入れたのかを比較した場合、
能動的に関わった「物」や「事」に、より多く思い入れを感じ、
その密度が高くなる。
物が変わるのではなく、こちらの体質が変わるのです。
例えば、リンゴを見るだけで(あるいは見せられただけで)リンゴと
いうものを認識している場合と、積極的にそれを食べた場合とでは、
リンゴに対する認識は、良いか悪いかは別にして全く違う。
クルマの場合、エンジンという物がどういう構造をしていて、どんな
仕組みでクルマが走るのかを知っている人と、またく知らずに運転し
ている人とでは、クルマに対する認識の密度は当然違います。
「電気自動車はクルマじゃない」と異議を唱える多くの場合、
これを年寄りがリンゴを食べた感想だと思っていいです。
だからといって今更リンゴを食べろとはいいませんが、
少なくとも食べずして、同じだとは言って欲しくない。
実は皮が進化したものではないからです。機械でありながら、
有機物に対する人間の、いろんな思いが集積しています。
もちろん将来ハイブリッド車が若い人の思いを集積した、
そういう機械にならないとはいえませんが、仕組みが見えないので、
そう簡単には関われないし、ちょっとその想像がつきません。
ほとんどメーカー任せじゃないでしょうか。
カメラの場合は「アナログとデジタルの違い」でしょう。
レンズを通したインプットは同じでもアウトプットが違う。
販売機に入れるコインは同じでも、でてくるものが「リンゴ」か
「リンゴと文字の書かれたカード」くらい違う。
書かれた文字じゃ食えないじゃないかというのなら、はじめから
それが実際に食える状況にいるという条件が付く。
手を縛られていたならどっちにしても食えないでしょう。
デジタルでもアナログでも同じじゃないかという言い方は、
裏を返せば、どっちも「写真じゃない」じゃないかと言っているのと
全く同じです。まずアナログとデジタルは違うという認識がなければ、
にっちもさっちもいきません。
どう違うかを端的にいえば、
アナログは人間が造ったものではない。
リンゴも人間が造ったものではない。
さらに人間も人間が造ったものではない。
デジタルは表面的かといえば、「表面だけ」といっていい。
リンゴに見えても、ポリゴンには実はない。
ポリゴンは中身を説明しなくていい。出来ないのではなく、
もともとその「説明だけ」で、できている。
反対に人の意識は数値やポリゴンに置き換えられない。
生理反応は、それを数値に置き換えられても、
何故そうなるかという説明ができない。
説明出来ない物として、そういう物がリンゴの中には実として存在する。
さっき、見ているだけなら同じだと書いたのは、
デジタルが結局アナログの模倣であることをいっているのです。
歳をとるということは「皮と実の区別がつく」、
ということでもあるんです。要は、皮だけじゃ満足できなくなっている。
見た目だけでいいのならどちらもリンゴではない。
カードに書かれた文字は、それ以上説明する必要はないが
ボトルに入っている水は、水であることを言うために、
様々な説明を必要とします。
アナログ写真には説明したくても出来ないことが山ほどある。
デジタル写真はその説明をする理由すら持つことはない。
見たままの通り以外の何者でもないからです。
頭で受け取るか、心で受け取るかの違いといえば、
ウザイ言い方かもしれないけれど・・・
アナログは理論じゃないから説明が難しい。
しかもそういう心を楽しもうとする。心は実に厄介です。
そういう意味では、最悪かもしれない。
では、テレビはどうか。
アナログ放送がデジタル放送に、或いはCRTが液晶に変わった時点で、
これはテレビじゃないと言う人がいないのは、テレビ器機そのものは
目的じゃなく、放映されてくる内容をただ受信する事が目的だからです。
こちらは手も足も出せない。オンデマンドなんて、聞こえはいいが、
こちらが手を出しているように思わせているだけ。
受信することをテレビとはいいません。
テレビといえば、ほとんど番組の事です。
送り手がテレビというならテレビだし、コンテンツだとかソフトだとか、
勝手に言われても受信者はそれに従うしかない。
カメラやクルマと違い、こちらから、積極的に関わることも出来ない。
そういうものに人は愛着を持つことはありません。
見ているつもりでも、実は見せられているからでしょう。
モニターと言い換えても、その違いすらはっきり示せない。
多くの人にとって、要するにどうでもいい「部品」なのです。
フィリップ・K・ディックの小説に、
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」とかいうのが
あったような気がしますが、私は見ないと思う。
スレ主さん、何度も済みません。
書込番号:9955116
0点
たかが電気製品やカメラに何をそんなに熱くなっているのかわかりませんね。
フィルムに残そうが、データだろうが、さして変わりもないだろうに。
人間が見ているものだって、所詮、脳でこさえた幻想でそこに「実」なんてないんだから。
いいじゃない、撮ったものを眺めてムフムフ喜べるなら。
それで満足できるなら、何をそんなに悲観することがあるんでしょう。
哲学者でもあるまいに(笑)
書込番号:9955785
1点
小野荘太郎さんへ
丁寧な返信ありがとうございます。
私はまだまだ青二才です。
ですが、年齢を重ねていらっしゃる方の仰る事が単なる頑固者の戯言ではないという事は解ります。
残念ながら年齢を重ねていらっしゃる方と同じ事を同じように感じてみて欲しいと言われてもそれは難しいですが、
丁寧な説明を読ませて頂き仰ってる意味は理解しました。
少し的外れかも知れませんが、銀塩カメラには愛着を持てても、
デジタルカメラには愛着を持てないという感覚は私にもよく理解出来ます。
銀塩カメラならば自分の心底惚れ込んだカメラが1台あれば何年でも愛用出来るでしょう。
多分それは電気というものを使わずメカニカルに物理的な仕組みに基づいてその物が成立していて、
壊れても仕組みを理解していれば手作業で直す事が出来たり、
1つ1つの部品にクラフトマンシップを感じ取れたりするからではないかと思っています。
デジタルカメラは仕組みを理解していても手作業では先ず修理不能ですし、
部品1つ1つにクラフトマンシップを感じる事は殆どありません。
新製品が出れば性能の良い方が良いという答えしかそこには無く、
下取りに出す事もあまり躊躇しないでしょう。
そういう愛着を込めての『デジタルカメラはカメラではない』というご発言ならば理解出来ます。
そしてそういう価値観は忘れてはならないものだということも解ります。
ただ残念な事に今の時代にはクラフトマンシップそのものが無くなりつつあります。
そのような中で新たな道具のあり方が今の大量消費の形なのだと私は思っています。
カメラもその流れに違わず、デジタル化されて久しい道具です。
仰る意味はよく理解した上で敢えて申し上げるならば、小野荘太郎さんの仰るような“カメラ”は
今の資本主義経済の中では生き残る事すら難しいのだと思います。
そしてそんな時代の“カメラ”はもはや小野荘太郎さんの思い描くような“カメラ”ではなくデジタルカメラなのだと思います。
例えば、GR-Dなどはデジタルカメラの外見を無意味に銀塩カメラに似せてる訳ではないと思いますよ。
それは道具として突き詰めていくとカメラはこういう形になってくるからだと思います。
RICOHは手に持った時の道具としての形の良さを残そうとしてるのではないでしょうか?
銀塩カメラの革を被ったカメラとは呼べないカメラ…ではなくこれが現代のカメラなのではないでしょうか?
書込番号:9955964
2点
小野荘太郎さんへ
連レス失礼します。
もう1つだけ申し上げるならば、銀塩カメラでも、デジタルカメラでも、トイカメラや携帯のカメラでさえも
人に感動を与える事が出来る道具である事には変わりありません。
私は携帯のカメラやトイカメラで素晴らしい写真を撮る人を何人も見て来ました。
私が最初のレスで
>中身が全く変化してしまっていてもレンズで被写体を写している時点でカメラなのでは?
>例えそれが被写体を完全再現したものではなく、
>デジタル的に生み出したものだとしても、ベースになるのは、レンズから入ってきた情報です。
と書いたのはそういう意味と捉えて頂ければ幸いです。
書込番号:9956043
1点
sx70さん、小野荘太郎さん、微光風さん、AXKAさん、genki100さん、fuguaiさん、他皆さん、
皆さんの意見を読んでいて、ある意味楽しく、また頼もしく思いました。
ここは、(本当はそういうシチュエーションのコトバではないけれど)あの有名なコトバで
締めてみたいと思います。
"Old soldiers never die, They just fate away"
書込番号:9958352
2点
スレ主さん、mukioo59さん、ごめんなさい。許せアンコール。
銀塩じゃなかった、マッカーサーに免じて。
もう一言(にしては多いが)微光風 さんに伝えたい。礼もしたい。
微光風 さん。
理屈っぽくて、長いので、すっ飛ばされるかと思いましたが。
わざわざ、お読みくださってありがとうございます。
そうじゃないんだと私が微光風 さんに説いている様に、
お受け取りになられたようですが、お返事を読むにつけ、
お考えが実は私と同じ事を述べられていると、感じました。
書き方がまずいので、伝わらなかったのだと思います。
どうも、いつでも銀塩VSデジタルみたいな図式になるので、
私はいつもどちらにも不公平にならぬように、
バランスを取っているつもりなんですが、なんせ話を
あちこちでするものだから、おまえは一体何者だというふうに、
感じられるのは、私の至らぬところです。
時代の流れに逆らえるはずもなく、私自身銀塩には見切りを
付けたはずなのに、GRD2を手にして撮すことの楽しさを
知らされてから、このカメラに銀塩とデジタルの違いを、
改めて教えられた。実に、これがほんの2ヶ月前のことです。
それが現在の私の立脚点です。GRD2には、なにか銀塩と
デジタルを繋ぐ不思議な糸のようなものがある。
どちらに肩入れしているのでもない。
微光風 さんと同じく、両者全く異なった物として、
去る者は去り、残る者が残る。そう思う。
去った者が内包していたものを、惜しんでもしょうがないけれど。
後ろ姿に今更ながら、敬意を表したい、といったところでしょうか。
であるからこそ、今のデジ一の行き方にも疑問を感じる、
というわけなんです。
もう多くは述べません、本当によく読んで返事を書いて頂いた。
ちょと混同されたようですが、それもこちらの表現の甘さでした。
先に述べたクルマの例は「カメラ本体」の、そしてリンゴの例は、
「出来上がった作品(写真)」を強引に例えたものだったと、
改めて理解して頂きたい。でも仮に理解できなくても、
一緒に歩く事はできる。そう感じました。
ありがとうございました。
書込番号:9958776
1点
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| 内容・タイトル | 返信数 | 最終投稿日時 |
|---|---|---|
| 6 | 2024/11/06 22:49:30 | |
| 5 | 2024/06/20 13:34:40 | |
| 8 | 2024/05/31 7:14:49 | |
| 5 | 2024/01/27 11:38:34 | |
| 3 | 2024/01/26 7:57:16 | |
| 10 | 2023/08/15 16:35:12 | |
| 8 | 2022/09/20 14:59:01 | |
| 5 | 2021/09/15 13:22:42 | |
| 17 | 2020/08/21 7:01:24 | |
| 14 | 2019/03/02 15:32:03 |
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